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2009年07月02日

ルーマニアの秘曲「望郷のバラード」二つの約束

望郷のバラード

きょうの音楽はバイオリニスト天満敦子さんが好んで演奏する「望郷のバラード」です。  それにはある日本人がルーマニア人との約束を果した二つの物語がありました。

作曲  チプリアン・ポルムべスク(ルーマニア)
 


第1話 再会の約束

約束の第1話は2005年、NHKTVで終戦60周年企画で、ドキュメンタリードラマ「望郷」として放送されたものです。TVの画面からはシベリア捕虜収容所でドイツ人捕虜が、自作のバイオリンで「望郷のバラード」を演奏している画像が流れてきます。 

「あの曲は、私がルーマニアから持って来た楽譜です」と同じ捕虜仲間のルーマニア人のアナトリエさんが、日本人捕虜の渡辺さんに伝えます。画面は物悲しい望郷のバラードが渡辺さんとアナトリエさんを包みます。

軍医でドイツ語が話せる渡辺さんには、ロシアの捕虜収容所でアナトリエさんと交わした、ある約束がありました。「明日になれば、私はここを出て、最も過酷な収容所に移されるのです。そこへ行けば誰も、生きては帰れないと言われています」。

「もしも貴方が生きて帰れば婚約者のオルガに、この指輪を渡して下さい」と渡辺さんに指輪を預けるのです。ところが渡辺さんに託された指輪は抑留中に盗まれます。それから56年後、89才になった渡辺さんは、アナトリエさんとの約束を果たすためにルーマニアに向かうのです。

折角再会したアナトリエさんは入院病床の中でした。渡辺さんが話しかけるとアナトリエさんは笑って手を振ります。アナトリエさんは認知症が進み、渡辺さんが誰であるか分かっていませんと、奥さんのオルガさんが説明します。

渡辺さんはオルガさんに、シベリアでアナトリエさんと約束を交わした指輪のいきさつを話します。帰り際、渡辺さんはアナトリエ夫妻に又来るよ、またくるよと何度も言い残し手を振りながら帰国します。それから2年後、91歳になった渡辺さんはまたルーマニアを訪問します。

渡辺さんも見るからにもう体力の限界のようでした。ところが、わずか2年で友人アナトリエ夫婦には死が待っていたのです。アナトリエさんが亡くなり、すぐに奥さんが亡くなりました。渡辺さんはアナトリエ夫妻のお墓に取りすがって号泣します。

その後の渡辺さんの消息が気になり調べてみました。TV放送の翌年2006年より入院生活をされ2007年8月93才、心不全で亡くなられていました。渡辺さんのあの声、あの顔はいまも忘れられません。(TV映像で呼称されていたアナトリエさんはアナトリエ・アールヒップです)

第2話 日本で演奏する約束 

第2話は全く違ったお話です。1977年、ドイツを旅行中の外交官岡田眞樹は、郊外の小さな町で毎夜同じ曲を演奏する、ルーマニア人音楽家イオン・ベレシュに注目します。 彼はチャウシェスク政権を逃れ亡命中で、故郷を偲び毎晩その曲を弾いているのだと岡田さんに語ります。

ベェレシュは楽譜を岡田さんに手渡し、「この曲は、貴方が感動して私の楽屋にたずねて下さった、あの秘曲のバラードです。昔に書かれたものですが、私は亡命以来、この譜面を手放したことがありません。この曲に注目されたあなたに、この楽譜を差し上げます」

「出来れば、この曲を弾けるバイオリニストを見つけて、私が知らない日本で演奏していただけると嬉しいのですが」と、お願いした。その後、岡田さんは仕事で多忙を極め、頼まれた約束を果たしたのは、それから15年も後の事でした。

1992年天満敦子さんのルーマニア公演の演奏を聞いた岡田さんは「望郷のバラード」を託しても相応しいバイオリニストは、天満敦子さんだと思い立ち、預かった楽譜を天満さんに渡します。天満敦子さんの初演は1993年春、非公式なサロン・コンサートで行われました。

以来、この曲は天満敦子さんによって、日本各地で演奏されることになります。この秘話とともに今では多くの日本人ファンに支持されて、日本各地で演奏されています。私は、第1話をTVで知ってCDを買って聞きました。

祖国、民族、家族、恋人を思うルーマニア人のそれぞれが、苦難に耐えるための、血脈に包まれた音楽のように思えるのです。 いい音楽、その音楽によって結びつけられた二つの約束もまたすばらしいものです。

曲の由来

曲は19世紀末、29歳の若さで薄倖の生涯を閉じたルーマニアの、チプリアン・ポルムべスクの作になる『望郷のバラード』です。

愛国者であったポルムベスクは、オーストリア-ハンガリー帝国に支配されていたルーマニア独立運動に参加して逮捕投獄されます。

曲は獄中で故郷を偲び、恋人に思いを馳せながら書き上げた哀切のメロディーであり、ルーマニアでは知らない人はいない名曲となっています。

メロディーの哀切感があまりにも濃厚過ぎて、コンサートで演奏するのは天満敦子さんだけです。 従って日本では天満ファン以外に、この曲を知る人はいません。 現在でもルーマニアの秘曲です。

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naturococo at 01:39│Comments(8)

この記事へのコメント

1. Posted by スーラン   2009年07月05日 01:17

haruka1さん、じゅんちゃん今晩は〜


今望郷のバラードを聴きました。 

とても胸を打ちました。 シベリアの抑留生活までの映画は私の父が経験したことなので
辛くて胸を揺さぶられました。

戦中の人達はとても思い十字架を背負わされ映画の人間の条件のように極限の状況下での人間性をいつも試されてたと思います。

今私たちは不況といってもぬるま湯の中で生きていけることを戦時中の世代の人の土台の上に成り立ってると深く噛み締めたいと思いました。

良い曲を紹介してくださってありがとうございました。
2. Posted by haruka1   2009年07月05日 12:28
スーランさん

こんににちは

梅雨の真っ只中ですね。
シベリア抑留の話はあまりにも過酷です。帰還され、妻子が待つ日本に帰ってきたときの感動は凄かったと思われます。

舞鶴港にある帰還地波止場にある記念館を訪れたとき、写真展示場で
感動の涙がでました。岸壁の母の写真もありました。

1昨年孫二人を連れて沖縄ヒメユリの塔の展示場へ行った時と同じでした。私の父はスマトラ島でマラリアによる戦病死です。

このTV映画は終戦60周年記念(2005年)のNHKで、もう、4年も経ってしまった。

その後の渡辺さんの消息が気になり調べると、映画の翌年2006年より入院生活をされて、2007年8月93才、心不全で逝去されています。
(お茶の水から横浜国大で定年退官、医者で生理学者)

3. Posted by Amata   2016年09月23日 22:52
一昨日、長野の無言館(戦没画学生慰霊美術館)を訪れ、天満敦子さんのCDに出会い、望郷のバラードを知りました。
二つのエピソード、とても心に残りました。
満蒙開拓民のことも勉強しているので、戦争のもたらす悲劇の裏に、限りなく美しい輝きを放つ命の火があるのを感じます。
4. Posted by haruka1   2016年09月24日 00:24
Amata さん、

こんばんは。長野の無言館ゆかれたのですね。その近くまで行きながら時間がなくて、入館出来なかったのを覚えています。その後感動の話をたくさん聞いていつも残念に思っていました。

場所はとっても、静かなところですよね。絵を見ながら、亡くなった画学生達のことを思うとおそらく、涙だったろうと思われます。

そこに天満さんのCDが置かれていたとは、初めて知りました。

国策に尽くしながら被災した満蒙開拓民の悲惨さは図り知れないと思います。民間人ですから国の支援もなく記録も急速に消え失せるので、気になっていましたが、それを、勉強されいるとはすばらしいです。

古いところに、わざわざのご訪問と書き込みありがとうございます。


5. Posted by Amata   2016年09月26日 00:26
haruka1さん、こんばんは。
すぐにお返事いただいていたのですね、ありがとうございます!

天満さんは、毎年9月に無言館でコンサートをしているそうです。今年は9/17だったとか。

望郷のバラードで検索したら、こちらのブログ(?)にすぐヒットしたのです。
早速FBで投稿したら、多くの反応がありました。

まだ時間が足りなくて、haruka1さんのたくさんの素晴らしいページを閲覧・視聴できていないのですが、これから折々拝見したいと思っています。

無言館は衝撃的でした。
今年、東京芸大有志による、安保法制反対のためのイベントが芸大講堂の一つで行われ、無言館の窪島館長の講演もあり、戦没画学生の作品の紹介や芸大卒業生たちのパフォーマンスや朗読劇など、芸術を通して平和へのアピールがなされました。
私は直接行かれませんでしたが、芸大有志の会の賛同者です。そんなわけで無言館には格別の思いで今回訪れたのでした。

いつかharuka1さんも無言館へ行かれることがあるといいな、と心から思います。

6. Posted by haruka1   2016年09月26日 01:17
Amataさん、こんばんは。

無言館で、毎年天満さんがコンサートですか、無言館の窪島館長とつながりがあるのですね。あぁ、そうだ、天満さんも東京芸大だった。自由と平和のための「東京芸大有志の会」賛同者の皆さんは錚々たる メンバーの集まりです。先ほど覗いてきました。

Amataさんもその仲間なのですね。すばらしいです。最近憲法改正のアンケートなどで第9条について無関心の人が急速に増えていることに驚いています。無言館のような活動も大事ですね。
無言館へ行きそびれてから、あの片田舎にある反戦のシンボル「無言館」の館長さんや活動のニュースをTVなどで見て関心を持つようになりました。

広島、長崎、舞鶴、沖縄、知覧、へは行ってきたのですが無言館が、取り残されているようです。ここも感動の場だと思います。ぜひ機会を見つけたいです。重ねてのコメ、ありがとうございます。



7. Posted by kano   2019年06月22日 15:44
実は今、天満先生の「望郷のバラード」弦楽4重奏を目の前、5メートルの距離で聞いてきたばかりです。天満先生の望郷のバラードは何度か聞いていますが、弦楽4重奏は初めてです。胸に突き刺さる響きです。先生は東邦音大教授でもあるので、年に2回ほどTOHO SATURDAY CONCERTとして、入場料500円の公開コンサートがあります。是非お聞きになってみてください。会場は文京区東邦音大です。
8. Posted by haruka1   2019年06月22日 18:17
kanoさん、ようこそ。

望郷のバラードを弦楽四重奏でお聴きとは驚きです。
調べてみました。「TOHO Saturday Concert」6月22日(土) 本学教員によるスペシャルコンサート 弦楽四重奏曲。このようにありました。ここで演奏されたようですね。

弦楽四重奏で演奏されたお話しは初めて知りました。天満先生がそこまでされるとは、素晴らしいです。kanoさんのすぐ目の前で、、。四重奏に驚きながらも堪能されたことと思われます。低音のチェロがどう響き、どのようにかけ合うのか聞きたいですね。いろいろと想像します。
残念ながら、いま関西の神戸以西に住んでいます。東邦大学独自の学園行事のようですから関西ではしばらくチャンスがなさそうです。

現在病気療養中なので暫くは遠くへは行けませんが、弦楽4重奏が演奏されたという情報だけでも貴重で嬉しいです。譜面が出来たのですからやがて機会があるかもです。kanoさんのすばらしい情報ありがとうございます。

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