朝霧に 舟をしぞ思う「夏と私」 中原中也

2019年08月09日

「ヴェルレ−ヌの面影」中原中也

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「夜更けの雨」 中原中也
 
  ---ヴェルレーヌの面影--- 
 
  雨は 今宵(こよい)も 昔 ながらに、
   昔 ながらの 唄を うたってる。
  だらだら だらだら しつこい 程だ。
   と、見る ヴェル氏の あの図体(ずうたい)が、
  倉庫の 間の 路次(ろじ)を ゆくのだ。


     路次を 抜けさえ したらば、
   抜けさえ したらと ほのかな のぞみだ……
  いやはや のぞみにゃ 相違も あるまい?

  自動車 なんぞに 用事は ないぞ、
   あかるい 外燈(ひ)なぞは なおの ことだ。
  酒場の 軒燈(あかり)の 腐った 眼玉よ、
  遐(とお)くの 方では 舎密(せいみ)も泣いている。

中也の「夜更けの雨」ーヴェルレーヌの面影ーはポール・ヴェルレーヌが獄中出版した「言葉なきロオマンス」の中にある ”雨の降るが如く” が下敷きにされている。

ヴェルレーヌへの単なる憧れを越え、向かうような強烈な作品である。その頃日本でのフランス象徴詩はまだ日は浅く、「巷に雨が降るごとく、、」などは堀口大学の「月下の一群」(大正14年)で知ることとなる。

ポール・ベェルレーヌ「われの心に涙降る」 堀口大学

巷に雨の降るごとくわが心にも涙ふる。
心ににじみ入るかくも心ににじみいる。
このかなしみは何やらん?
   ・・・・・・。 

ヴェルレーヌの作品は文学好きの学生達によりこぞって、むさぼり読まれ、人気があったのは堀口大学翻訳で、自分は「都に雨が降るごとく」の鈴木信太郎訳詩であった。

中也がフランス象徴詩ヴェルレーヌの作品に出会い、強烈な刺激を受けて出来た作品が「夜更けの雨」である。ヴェルレーヌは27才の時、10才年下の16才早熟詩人アルール・ランボウーに出逢い、妻子を捨てて2年ほど男色の同棲をする。

そしてランボーを銃撃し、手に損傷を負わせ自らが破綻して行った。2年間の収監中に ”巷に雨の降る如く” を生み出した「言葉無き恋歌」は、獄中から出版された。3次「現代高踏詩集」への投稿を忌避されてからは活動は終わった。

一方のアルチュール・ランボウーは、いよいよ本格活動に入ってゆく。ヴェルレーヌが詠った雨はランボーとの思い出の小雨であるが、中也の「夜更けの雨」は、やたら厳しい大雨であった。
 

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きょうの音楽


モーツァルト ピアノ協奏曲 第9番 変ホ長調K271

ピアノ マリア・ジョアン・ピレス
このあたりから新鮮さと規模の大きさが見えて来るモーツアルト。フランスの女流ピアニスト、ジュノーム嬢がザルツブルクを訪れた際に彼女に献呈した、別称「ジュノーム」。
MARIA JOAO PIRES ~ Mozart Piano Concerto # 9 / John Eliot Gardiner


naturococo at 18:21│Comments(3)

この記事へのコメント

1. Posted by じゅんちゃん   2019年08月11日 16:59
haruka1さん、こんにちは。

夏、真っ盛りですねえ。(-_-;)

でも、アップしていただいたお写真の、透き通って、涼しそうなこと!!!

「夜更けの雨」いいですね。
ヴェルレーヌとランボー、一時、「はまり」ました!

このところ何となくピアノ・ソナタを聴くことが多いのですが(とりわけ9-11番,12-14番)、ピアノ交響曲もやはりいいですよねえ。 
2. Posted by じゅんちゃん   2019年08月11日 17:01
ピアノ交響曲→ピアノ協奏曲です。
3. Posted by haruka1   2019年08月11日 20:40
もう、お盆休み。ほんとうに、日が経つのが早いです。
じゅんちゃんさんが「嵌まった」フランス象徴派詩人に中原中也が心底はまっていたようです。そのせいで東京外大でフランス語を専攻していたようです。
上田敏訳詞など、一通り目を通しただけでしたが、一時フランス詩をワクワクして読んだ頃を思い起こします。

今回は久し振りに心休まるモーツアルトです。ピアノソナタは番号が増えてくると急におもしろくなるのですが、じゅんちゃんさんが仰る「とりわけ9-11番,12-14番」このあたりです。ピアノ協奏曲もこの9番あたりからです。

暑さもいまがピーク暫くの辛抱です!

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