花橘に風の吹くらん   新たな涙 小野小町

2019年09月12日

「秋の日」中原中也

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 ハイビスカス


  「秋の日」  中原中也 
                  
         (ノート1924 下書き稿)

  秋の日は 白き物音
  むきだせる 舗石(ほせき)の上に
  人の目の 落ち去りゆきし
  ああ すぎし 秋の日の夢
  
  空にゆき 人群(ひとむれ)に分け
  いまここに たどりも着ける
  老の眼の 毒ある訝(いぶか)り
  黒き石 興(きょう)をおさめて
 
  ああ いかに すごしゆかんかな
  乾きたる 砂金は頸(くび)を
  めぐりてぞ 悲しきつつましさ
 
  涙腺(るいせん)をみてぞ 静かに
  あきらめに しりごむきょうを
  ああ天に 神はみてもある

秋の日は自分には、何もかもが色褪せて白っぽくみえてくる。人は、剥き出しになった舗道の石の上に目が向う。あぁ、過ぎ去った秋の日の夢。 

秋が巡ってくる度に中也は 色褪せてしまった過去の情景を思い出す。泰子と別れた悲しみの日々も、ちょうど秋であった。

やり場のない悲しみは空に行き、いまここに辿り着く。老人がいぶかる毒のような目、黒き石となって激しさを収めてくれる。

どのように過ごして行っていいのか、乾いた砂金が首すじに巡って、覆ってしまうような悲しい慎ましさ。そして涙腺を見てもう諦めてしまい、退く今日の日である。

天にまします神さまは、私を見守ってくれているのでしょうか。辛い思い出ばかりの秋ではあるが、ここを乗り越えようと、新たな道を求めるための、五七調の白き物音でもあった。

「秋の日」はもう一つ、詩集「在りし日の歌」にある。
磧(かわら)づたいの 竝樹(なみき)の 蔭(かげ)には 美し 女の 瞼(まぶた)泣きも いでなん 空の 潤(うる)み昔の 馬の 蹄(ひづめ)の 音よ、、、。


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  サルビア・ファリナセア                             ヤブラン

きょうの音楽


モーツァルト ピアノソナタ14番ハ短調 K457

ピアノ   マリア・ジョアン・ピレシュ

短調のピアノソナタは18曲中、第8番とこの14番の二つだけ。14番は、悲愴などベートーベンの初期作品に大きく影響を与えている。
Mozart, Sonata para piano No 14, K 457. Maria Joao Pires



naturococo at 09:22│Comments(2)

この記事へのコメント

1. Posted by じゅんちゃん   2019年09月15日 10:12
haruka1さん、お早うございます。

気持ちのよい秋晴れです。

中也「秋の日」、「雲」のお写真が合ってますよね。

「いまここに たどりも着ける」「ああ天に 神はみてもある」こんな風にはけっして言えないと、感嘆しながら思います。(^^)

良い曲が続きますね。
2. Posted by haruka1   2019年09月15日 13:27
じゅんちゃんさん、こんにちは。

台風の蒸し暑さが去り、やや秋めいてきました。中也の作品は若き時のものばかりですが、思わぬところに視野が向けられているので、これが詩人だといつも感服しています。「老の眼の 毒ある訝(いぶか)」などは、思いもかけないような表現で戸惑ってしまい、何度も何度も読み返す始末です。

じゅんちゃんさっが、書かかれた二つの言葉など、詩人中也でなければと、ほんと思ってしまいます。
植物園ではもうダリアが咲いているし、これからはコスモスがいいですね。体調相談で出かけてみたいです。
推奨を頂いたふりかけ「ゆかり」いつもご飯にかけて食べています。味覚がおかしくなったいま、食欲減退にちょうど似合います。ありがとうございました。

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