海 La merわが母の教えたまいし歌

2019年10月17日

晩秋 萩原朔太郎

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   晩秋   萩原朔太郎(昭和9年) 詩集「氷島」
  
  汽車は高架を走り行き
  思ひは陽ひざしの影をさまよふ。
  靜かに心を顧みて
  滿たさるなきに驚けり。
  巷ちまたに秋の夕日散り
  鋪道に車馬は行き交へども
  わが人生は有りや無しや。
  煤煙くもる裏街の
  貧しき家の窓にさへ
  斑黄葵むらきあふひの花は咲きたり。 

秋の夕刻、夕日が散る中にいる朔太郎は自分の人生は無事なのかどうか、わが人生は有りや無しやと、率直に問うている。そして、最後の行には、むらさきあおいの花は咲きたりとある。

高貴な紫色をした紫あおいが「葵」の色名で、貧しき家にさえ、斑黄葵(むらさき あうひ)の花が咲くとは、何ともいい響き。
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葵の花には白や紅、紫、黄、まだらなど様々な色がある。むらさきの葵色は、平安時代からの灰色がかった明るい紫色で、その葵が裏町の貧しい家に咲いている。

下は、荻原朔太郎詩集「青猫」の序文冒頭の文であるが、詩とは何であるかを語っている。これが詩人の魂なのかと感心する。

『私の情緒は、激情(パッション)といふ範疇に属しない。むしろそれは、しづかな霊魂のノスタルジアであり、かの春の夜に響く横笛のひびきである。
ある人は私の詩を官能的であるといふ。或はさういふものがあるかも知れない。
けれども正しい見方はそれに反對する。
すべての「官能的なもの」は、決して私の詩のモチーヴでない。
それは主音の上にかかる倚音である。もしくは装飾音である。私は感覚に醉ひ得る人間でない』

更に序文の終わりの方で、自分にとっての詩を次のように述べている。

『かつて詩集「月に吠える」の序に書いた通り、詩は私にとつての神秘でもなく信仰でもない。また況んや「生命がけの仕事」であつたり、「神聖なる精進の道」でもない。詩はただ私への「悲しき慰安」にすぎない。 生活の沼地に響く青鷺の声であり、月夜の葦に暗くささやく風の音である』

第一詩集「月に吠える」大正6年、第二詩集「青猫」を大正12年に発刊し、口語体自由詩として優れた形式として大きく評価された。

島崎藤村らの新体詩から始まった日本近代詩、大正時代に入って荻原朔太郎らにより整い、このあたりから単なる詩と称されている。

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  夕暮れ近いたつの市 馬場 10月20日に「こすもす祭」がある。


きょうの音楽

モーツァルト/ピアノ・ソナタ 第17(旧16)番 変ロ長調 第1楽章  K.570

演奏:アンドレイ・ピサレフ

簡素で澄み切った曲に対して、アインシュタインは「おそらく最も均衡の取れたタイプ、彼のピアノ・ソナタの理想である」と評している。


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naturococo at 00:20│Comments(2)

この記事へのコメント

1. Posted by じゅんちゃん   2019年10月21日 10:39
haruka1さん、おはようございます。

コスモスってほんとうに可憐ですよね。とても好きな花です。お写真、すてきですね。

「詩はただ私への「悲しき慰安」にすぎない」。萩原朔太郎、凄いですよね。葉子さんに惹かれていた時期があって、彼女を通して朔太郎を見ると、また違った趣もありますね。

「アインシュタイン150の言葉」に「もし、わたしが物理学者にならなかったら、おそらく音楽家になっていたでしょう。わたしはよく音楽のようにものを考えます。音楽のように白昼夢を見ます。音楽用語で人生を理解します。わたしは音楽から人生のほとんどの喜びを得ています。」とあります。彼が、モーツァルトからどれほどの喜びを得ていたかを思うと、なんとも嬉しくなります。(^^♪
2. Posted by haruka1   2019年10月21日 12:14
じゅんちゃんさん、こんにちは。
そうですか、娘の葉子さんは素晴らしいエッセイの主筆者だったと思います。よく父を語るところがありました。大正時代の萩原朔太郎は一人抜き出ていたように思います。

アインシュタインの音楽好きは凄かったようですね。癒されるモーツアルト音楽ですが、物理学と音楽には何か関係があるかもです。いづれも天才同士、天才でなければ分からない何かがある、アインシュタインはそれを感じていたのかも知れません。
いよいよコスモス全開のときがやってきました。

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